- はなさき貴広事務所
故本島等氏
「あんた、市のもんね、県のもんね。」
「ただの不動産屋です。」
私の目を真直ぐにのぞき込んでくるその男に、何か得体のしれない違和感を抱きながら、私は正直に返答しました。
私が城尾哲也と遭遇したのは2006(平成18)年のクリスマスでした。
不意に、私に話しかけてきたその男は、少しがっかりしたように見えました。
売買物件の案内をするためにお客様を待っていた私を、その男は自分を待っていた市か県の職員と勘違いしていたようでした。
「あんた、長崎の道路やダムが穴ぼこだらけって知ってるね?」
その男は、私が尋ねもしないことを一方的に話し始めました。
市が発注した道路工事の現場の穴に、その男が運転する車が落ちて損害を被ったが、市は賠償に全く応じてくれない、とのことでした。
年が明けて4月、その男は、4期目を目指して選挙運動中だった当時の現職市長を射殺してしまいました。
身の危険を感じた故本島等元長崎市長は、セキュリティが整ったマンションへ転居するために、住まれていた一軒家を売ることになり、私が売買契約前の重要事項の説明を担当することになりました。
同郷で、同じカトリック教徒の元神学生を信用してくれたのか、ただ単に私の説明が退屈だったのか。居眠りをする元市長に何度も声をかけながら、説明は滞りなく?終了しました。
帰り際に、元市長が、1979(昭和54)年に、長崎市長に初当選したときの当選証書をいただきました。
その時は何気に受け取ってしまいましたが、そのような大切なものを、私が持っていてよいものか否か、いまだに思案している状況です。